「もし」はときに視野を狭め、可能性を潰す。

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こんにちは、安田ケリー(@kry_ysd)です。

つい最近、知り合ったばかりの人と、こんな会話をしました。

 

あなたはこの「タラレバ」で、自分の可能性を潰してしまっていませんか?

 

 

自分のモノサシで他人を測るな

まず、この会話の相手にこれを言いたい。自分のモノサシで他人を測るな。

 

「世界のいろんな国に行ってみたいし、野生の動物にも会ってみたい!」って言ってるんだから、私は言葉通りにそれをしたいんです。

あえてこういうことを言って、心配してもらおうとか思って発言しているわけではありません。

あなたが「銃で撃たれたら、飛行機が堕ちたら、動物に襲われたら」と思っているからといって、私(他人)が同じことを思っているわけでもない。

 

私の好奇心に対して疑問を持っているのであれば、「もしものことを考えたときの不安はないの?」とでも聞けばいいんです。

ただ単に相手を自分に置き換えて考えを述べるだけなら、それは価値観の押し付け。日記にでも書いとけレベルです。

 

同じ人間とはいえ考え方はそれぞれなので、自分はこう思うけど他の人は違うということは多々あります。

それを、「ああ、そういう考えもあるのか」と素直に受け取るか、「それは違う!」と頑なに否定するのかでは、人間としての可能性が変わってきます。

 

前者は、必ず最初の発言に「なるほど」が入るんです。

「なるほど、一理ある。でも私はこうも思うんだよね」って。そうするとお互いの意見が交換できる「議論」になっていく。同時に、自分のモノサシも大きくなっていきます。

 

後者は、なるほどの「な」の字も言いません。真っ向から否定するので素直さも柔軟性もないんですよね。

こうなると議論の余地もなくなるし、話しててもおもしろくないので話しかけようと思わなくなります。その人のモノサシも、これからもずっとそのままです。

 

どちらの人間が得だと思いますか?

 

「もし」には限度が必要

一時期流行しましたよね、この「タラレバ」。この会話中に、これがタラレバかあ〜!って感動すらしちゃいました。

 

ここでは「もし銃で撃たれたら、飛行機が墜落したら、動物に襲われたら」と言っていますが、私からも一言いいですか?

 

タラレバ大嫌い安田

じゃあ、明日死んだらどうするの?

 

考え出したらキリがない「もし」には、限度が必要です。

もしかしたら明日死ぬかもしれないし、それは数時間後かもしれないし、数分後、数秒後かもしれない。

しかし、そう予想したからといって対策はできますか?ずっと家にこもっていられますか?家にいて絶対安全ってわけでもないですよ?

そうやって「もし」や「タラレバ」を言えば言うほど、行動が制限されてしまいます。現に今回の例に挙げた人物は、一度も海外に行ったことがないそうです。

 

このように、「もし」が多い人は、そもそもそれを経験したことがない人が多い。

「もし」を考えてやらないでいることほど、もったいないことはありません。

 

  • 食わず嫌いだったけど、実際に食べてみたらおいしかった!
  • 悪いイメージがあったから話したことなかったけど、実際に話してみたらいい人だった!
  • 怖かったから行ったことなかったけど、実際に行ってみたら楽しかった!

 

こうして「実際にやってみる」ことで自分の世界が広がり、それは可能性にも繋がります。「〜したことないの?それ人生の半分くらい損してるよ!」というフレーズは、あながち間違いではありません。

反対に、体験してみて分かる「思った通り美味しくなかった・悪い人だった・怖かった!」という「やっぱりね」も、自分を成長させるひとつになります。

 

重要なのは「もし」への対処法

また、同じ「もし」でも、重要なのはその次の行動です。

  • 海外へ行って「もし」誰かに襲われたら…海外に行くのをやめよう

この考え方では何も生みません。むしろ損してます。

 

  • 海外へ行って「もし」誰かに襲われたら…安全対策を万全にとっておこう

こうすると海外に行く(新しいものを経験する)ことで新たな可能性が見出せるし、その安全対策が知識となり、ひとつ賢くなれますよね。

 

「もし」は誰にだってあります。重要なのは、「そう思うからどう対策をするか」ということ。

怖い!やめる!は単細胞です。怖いからどうするか、それを解決する行動を考えましょう。

 

経験値と可能性の高さは比例する

経験は可能性に繋がります。

私が「会社を辞めて自分の力で生きていこう」という考えを持てたのは、ニューヨークへ行くという「経験」をしたからです。

逆を言えば、可能性を広げるためには経験が必要。あのときもし「海外に行ってみたいけど銃が怖い…」と思っていたら、今の私は間違いなくいません。

 

「もしこの記事が誰にも読まれなかったらどうしよう」と思ったとしても、「怖いから書くのやめよう」では、得るものが何もないんです。

実際に書いてみることで初めて読者の反応を見ることができ、そうすれば、次は読まれるための対策を練るというステップへ移ることができます。

 

「もし」とうまく付き合おう

とにもかくにも、何事もまずはやってみないと経験にはならないし、経験にならなければ自分の視野も世界も可能性も広がりません。

あなたは「もし」を考えすぎていませんか?

不安なことがあっても、その不安への対策をしっかりすれば、挑戦してみてもいいのです。

「もし」と上手く付き合っていきましょう。

 

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