28歳、何もない、なんてことはない。

29歳

 

明日、2022年5月31日で、29歳になる。

 

こうして毎年きっちりひとつずつ歳を取ることを、20代前半くらいまでは特に気にしてもいなかった。

25歳になったとき、「四捨五入したらアラサーや〜ん!」と友達と笑い合った。

26歳、「今まで積み上げてきたものは?」を考えるようになった。

27歳、なんだかちょっとソワソワし始めた。

1年前の28歳、「そろそろやばい」と思った。

でも、明日29歳になった私はこうは思わないだろう。「20代最後の貴重な1年だ」、なんて。

 

28歳、何もなくてやばい

23歳のときに初めての海外旅行でニューヨークを訪れたあと、大きな夢ができた。

「どこにいてもできる仕事をしながら、世界中を旅したい」。

以後、何度も試行錯誤を繰り返した末に、「オンライン英会話講師になる」という“どこにいてもできる仕事”の具体的な方法を見つけ出し、現在はその実現のために日々勉強に励んでいる。

 

1年前、この記事に「28歳は人生をゆるく楽しむ」と書いた。

しかしそう思っていたのもつかの間、ストレスと栄養不足から体調を崩し、その上コロナウイルスに感染、大好きだった恋人と破局、その他諸々なんだか踏んだり蹴ったりで、「ゆるく楽しむ」なんてマインドを頭の中に長く留めておくことはできなかった。

特に失恋直後は、「これが生き地獄か?」というくらい毎日が苦痛だった。姉弟や親戚、友人たちの結婚や出産、家族からの「あなたは?」という言葉。それまで特に気にしていなかったことがグサグサと突き刺さり、ついには大好きな飲酒もままならなかっ…いや、酒は飲んでいた。そりゃもう浴びるほど(通常運転)。

 

そこで思った。「28歳、何もなくてそろそろやばい」と。

目標である“どこにいてもできる仕事”はまだ十分にできていないし、結婚はおろか、恋人すらいない現状。仕事か結婚か、どちらか一方でもあればもう少し気楽だったかもしれないが、実際問題、私にはまだどちらもないのだ。

 

年齢を気にする人

年齢を気にする人が苦手だ。

年齢なんてただその年数を生きてきただけの数字で、誰しもかつては20歳だったし、これから30歳にも40歳にもなる。若い方が有望だとか、歳を取っている方がえらいとかではない。誰にとってもこの1分1秒は貴重なもので、20歳の1年間も30歳の1年間も価値は同じだ。

気にすべきなのは、それまでその人が過ごしてきた時間の内容や経験の量、積み上げてきたもの、これまでに身につけてきたスキルや能力であって、過ごしてきた年の数ではない。

 

そう思っていたが、28歳のある日、気がついた。

「あれ?私自身が年齢気にしてないか?」。

 

◯◯歳までに、という風潮

以前、母は28歳になる年に私を産んだと言っていて、そのときなんとなく「私も28歳くらいで母になるのかなあ」と思った。でもその年齢が近づいてくるわりには一向に相手ができない、というか、自分のことに精一杯で他のことに目が向かない。「まずは自分のことをちゃんとしてから…」、そう思いながら海外に住んでみたりブログを書きまくったり動画を作りまくったり英語にのめり込んだりしていたら、いつの間にか28歳になってしまった。それなのにまだ満足のいく仕事はできていないし、結婚はおろか恋人すらいない。

だけど、28歳で結婚出産仕事!というのは実母とはいえ自分以外の人の人生、しかも結果論であって、私の人生の話ではない。

そりゃあ生物学的には出産は早い方がいいとは言うが、結婚も出産も相手がいなければ一人ではできない。仕事が軌道に乗るのも、結婚したいと思える人と出会うのも、結婚するのも、子供ができるのも、当たり前だが人それぞれタイミングは違うのだ。

というか結婚に関しては、そもそも私はただ単に結婚がしたいのではないということを思い出した。結婚とは大好きな人と一緒にいるための手段であって、目標でも目的でもない。周りの結婚ラッシュにビビって、自分自身の結婚に対する考え方を忘れてしまっていた。

仕事も、理想の働き方は“まだ”できていないだけで、目標はずっと揺らがずにあるし、叶えるための努力もできている。それに、努力は決して裏切らないことを私は知っている。つまり私の目標は、今後勉強を辞めない限り達成できるのだ。

 

かくして、28歳という年齢に焦っていた原因を分析し、自分の結婚に対する考えと目標の進捗状況を再確認すると、落ち着きを取り戻した。

 

結婚も出産もしなくても楽しかった28歳

28歳、振り返ってみると、悪いことだけではなかった。

誕生日当日は大好きな友人たちからたくさんメッセージをもらったし、8月には北海道路線バスの旅にも出かけたし、大好きな関ジャニ∞の安田の舞台にも大興奮だった。

コロナ感染がきっかけで自分を見つめ直すことができて、今また海外生活の目標に向かって行動できている。

英語を一生懸命勉強したら問題を解けることが楽しくなってきて、さらに英語が好きになった。

TOEICのスコアが前回よりも大幅にアップしたことで、努力は裏切らないと確信したし、英語を仕事にするという選択肢は夢じゃないということもわかった。これによって、「オンライン英会話講師になる」という今の目標も導き出せたのだ。

元恋人とも出会って付き合って別れたことで、愛とはあたたかいものだということを再び実感したし、いつか誰かと家庭を作りたいと思えた。

そして失恋直後は毎度のことながら、持つべきものは家族と友達だということも再確認した。買い物に連れ出してくれた祖母と母、毎晩のように話に付き合ってくれた親友、桜や菜の花を見に連れて行ってくれた友人、「キミが振られるが!?」と驚いてくれた友人、「いいき飲め」ときっと気を遣っているわけではないただ飲ませたいだけの高知酒ヤクザ共…(なんのこっちゃ)。

私のことを愛してくれない人よりも、愛してくれる人たちを大事にしよう。そう思えたのも、彼とお別れした事実があったからだ。

今日、28歳最後のDMM英会話レッスンで、フィリピン人の先生に「彼氏がいなくてよかったわね!」と言われた。「人間関係はあなたの優先順位を変える、良くも悪くも」とのことだ。私は今年、英語を学びにオーストラリアへ行く。今結婚したいと思える人がいたら、先生の言うように、この渡航には踏み切れなかったかもしれない。私にはまだやらなければならないことがあるのだ。

 

28歳、何もなくはない

冒頭で「何もない」と書いたが、こうやって冷静に考えてみると、結婚も出産もしていないだけで、何もないことはない。

将来働きながら旅するために英語の勉強をしているところだし、今年オーストラリアへワーホリに行くという決心もしたし、旅という何にも代えられない“好きなこと”もある。これまでの旅の大切な思い出もある。これまで培ってきた英語力や、記事の執筆と動画の編集に関するスキルもある。私のことを大事にしてくれる家族や友人たちもいる。好奇心の旺盛さと異常な行動力も、ずっと変わらず私の自慢だ(今月は沖縄でダイビングのCカードを取得した!キャッホー!)。

 

29歳からは、数字を見るよりも、これまで何をしてきたか、今どんなものを持っているか、これからどんなことをしていきたいか、そういうことにもっとこだわっていこうと思う。

そして、29歳の1年間が特別貴重なわけでもない。だって28歳の1年間も同じように貴重だったし、30歳の1年間も同じように貴重になるから。

1年ごとにきっちり歳を取っていくのは、毎日を全力で生きている証拠だ。当たり前ではないことにきちんと感謝しよう。

 

というわけで、28歳ありがとう

28歳もいろいろあった。支えてくれた家族、友達、関わってくれた人たち、ありがとう。あなたたちの何気ない一言にいつも救われた。大好きな親友、いつも一緒にお酒を飲むお姉さんお兄さんたち、平気でババア呼ばわりしてくる年下たちですらみんな愛おしい(ええ加減にせえよあんまりごと粗相しよったらしばき回すぞ)。

28歳の私へ。なんだか苦しい思いいっぱいしたね。でも大事なものがたくさんあることに気がつけたあなたはさすがです。あとは29歳の私に任せよう。

29歳の私へ。あんまり意気込まないで。周りとペースが違っても大丈夫、これはあなたの人生。わりとなんとかなるし、気にせず楽しめばいいよ。Just be yourself.

 

というわけで、29歳もやりたいと思ったことにどんどん首を突っ込んでいく。Don’t forget “YOLO”!

この記事、今年書くか迷ったけど書いてよかった。沖縄から帰ってきてからとっても穏やか。やっぱり沖縄って私にいい影響を与えるなあ。アイキャッチも沖縄の海の写真にした。とっても満足。さて酒を飲む!