「変化」していくものを受け入れたら、人生楽しくなってきた。

 

私達は、「変化」を受け入れなけらばならない。

周りの環境、人間関係、そして自分自身。

あらゆるものは時間とともに、だんだんと「変化」していくのだから。

 

数年前、某飲食店でアルバイトをしていたとき。

メンバーの仲が良く、仕事も遊びも楽しくて仕方がなくて、これがずっと続けばいいと思っていた。

あるとき私は進学の為、県外に引っ越すことになった。

みんなはまだここに残るのに。私だけ。

私が去った後もみんなずっと仲が良いことは知っていたし、それがとても羨ましかった。

数ヶ月後、「変化」をどうしても受け入れられなかった私は学校を辞め、地元に戻り、またその飲食店で働き始めた。

戻ってきたものの、前のように同じメンバーで仲良くというのも長くは続かない。

進学や就職の為、ひとり辞めふたり辞め、ついには私も新しい店長と喧嘩して辞めてしまったのだった。

 

あのとき、きちんと「変化」を受け入られていたら、今とは違う自分だっただろう。

戻ってきたことに対しては後悔こそしていないが、「変化」を受け入れられなかった自分に嫌気が指すことが未だにある。

 

 

つい最近のことだ。

約三年間付き合っていた彼と別れた。

周りには結婚するものだと思われていただろうし、私も今まで付き合った人の中で初めて、これからの人生を共にしたいと思えた人だった。

 

それほどにも思えた人。しかも三年間という、二十代にとってはとても長い時間お付き合いした人。

別れてから二日間、思い出すたびに泣いた。

 

隣にいた人が、いなくなること。

一緒に過ごした時間に、ぽっかり穴が空くこと。

当たり前のことが、当たり前でなくなること。

 

彼と別れて三日目、私はふと、その「変化」を受け入れた。

思えば家族だって友達だって、一生一緒に居られるとは限らない。

それまでの人とも出会いがあって別れがあったように、今回もただ期間が長かっただけで、別れは決まっていたのだろう。

 

 いささか冷徹かもしれないが、いつまでもうじうじ泣いているような時間はない。

そんなことよりも、自由になった自分はこれから何ができるかとか、もっと自分のためになることを考えよう。

過去よりも現在や未来を見る方が有意義だろうという考えに至った。

 

 

「変化」を受け入れるまでの時間が短ければ短い程、気持ちが楽だと思う。

以前よりも少しだけ、柔らかい人間になれた気がした。

 

 

f:id:yzworld:20170420233627j:plain